The complete works of JOJO 高柳昌行の全仕事

 
ジャズ、タンゴ、ボサノバ──ポピュラー音楽の世界でギタリストとしての才能を開花させながら、前衛音楽から前人未到のノイズの宇宙へと突き抜けていった希有な音楽家の実像がここ によみがえる。

 
日本モダンジャズの草創期に力強い足跡を残したギタリスト高柳昌行。ジャズ界での業績に安住することなく、新たな表現を求めて即興演奏や集団即興の可能性を徹底して追い求めた男 は、フリージャズからフリー・インプロヴィゼーションへと転戦して、つねに時代と音楽の最 前線に立ち続けた演奏家だった。いや、それだけではない。晩年には、その時々にすぐれた演 奏を残してきた過去の音楽をすべてかなぐり捨てるようにして、ただひとり、余人のうかがい 知れぬノイズの宇宙へと踏みこんでいった孤高の芸術家でもある。まるでそれが宿命ででもあるかのように、孤立無援の環境に自らを追いこみながら、高柳が全身全霊をこめて追い求めて いたものはいったい何だったのか? 高柳を敬愛し、その演奏活動の間近にいた人間ですら、本当にそのことを理解できた者はほとんどいなかったのではないかと思われる。そして21世紀 に入ったいま、晩年のライヴの現場に立ちあい、目前の演奏をひたすら記録しつづけたジンヤ・ ディスクの斉藤安則が、高柳家に残された膨大なアーカイヴを整理しながら、本格的なアルバ ム・リリースに乗り出したことで、音楽ファンの前にようやく高柳音楽の全貌が明らかになり はじめたのである。

 
1977年-78年のニュー・ディレクション・ユニットを収録した5枚組CDボックス『masayuki takayanagi archive 1/new direction unit』につづいてジンヤ・ディスクがプロデュースし たのは、「The complete works of JOJO」というシリーズ名を持った2枚のDVD『action direct 1』と『JAZZ 1』である。過去におこなわれたヴィデオ・コンサートですでにその存在は知られていたものの、斉藤安則のプライヴェート・ヴィデオを作品化したこの2タイトルは、まさにジンヤ・ディスクならではのスペシャル企画というべきアルバムで、高柳の音楽を同時代的に体験することがかなわず、超前衛の道を歩いた伝説の人として偶像化している若い音楽ファンには、垂涎の記録映像集となることだろう。

 
東京の渋谷公園通りにあった小スペース “ジァンジァン” における定例公演「New Direction for The Arts, Legular concert」の69回(1990年8月4日)と70回(同年12月17日)の模様 を収録した『action direct 1』は、既発のCD『inanimate nature』と同日に収録された映像 を含む貴重な一枚である。幸運にもこれらのパフォーマンスに居あわせ、常識をひっくり返す ように強烈で、マッスで、大音量の音響体験に魂を抜かれた世代の音楽ファンにとっても、高柳の演奏の内側に入りこみ、至近距離で指の先まで映し出す積極的な映像に、演奏者の思考過 程そのものが映し出されているなど、発見するものは多いだろう。かたやニュー・ディレクション・ユニットでもおなじみのベーシスト井野信義とのデュオ『JAZZ 1』は、名古屋のジャズクラブ “ラブリー” におけるライヴ(1990年3月21日)を収録したもので、ギブソンのフルア コでモダンジャズを、またガット・ギターでボサノバを演奏している。アルバムの冒頭に収め られた高柳の曲「900320」(1990年3月20日)は、これも既発のCD『reason for being』 に収録されたのと同じ演奏で、アイラーの「Jesus」を素材にしたデュオの乗りに乗ったインタープレイが映像で堪能できる。2枚のDVDを合わせ鏡のようにして聴けば、汎音楽の理念を持 っていた高柳音楽の多面性が、おぼろげながらでも浮き彫りになってくるだろう。

 ジンヤ・ディスクの快進撃はつづく。次回以降にリリースが予定されているアルバムも、 『second concept』、「meta improvisation」を含むアーカイヴの第二弾『masayuki takayanagi archive 2/action direct』と重要作ばかりだ。「時間が限られているので、生きている間にどれだけ作れるか、それだけです」と宣言するプロデューサーのライフワークに、 いま世界が注目している。(北里義之)



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